熊切圭介写真展 2012.2.15〜2.25

『池波正太郎』

熊切圭介作品

「人間は、生まれた瞬間から、死に向かって歩みはじめる。
人間にとって唯一確実なことは、死ぬということだ。」
という死生観を持っているからだろう、池波さんにはちょっと近寄り難いような厳しさを感じる時がある。
しかし普段は、下町育ちらしく気さくで楽しい人だった。
特にお酒が入った時は、歌舞伎役者の声色を所作入りで演じるなど、大層ご機嫌になる。
撮影の時は「熊さん、好きなように撮って下さいよ」と、すべてまかせていただいたので楽しく撮影することが出来た。

池波さんを撮影したのは、1972年から1977年頃までで、この時期は『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』『真田太平記』などを執筆中だったので、気力、体力ともに充実していて、表情や仕草にもよく表われていた。
撮影は自宅をはじめ、浅草、柳橋、銀座、湯島など都内各所の他、名古屋、関ヶ原、清洲、甲賀、京都などで行った。
また、池波さんとは切っても切れない関係にあった新国劇の舞台稽古なども撮らせていただいた。

池波さんは、東京の下町の小学校、下谷西町小学校の11年先輩になる。
住居のあった浅草永住街も、私の生まれ育った西町と近かったので、池波さんのエッセイなどにでてくる町の情景や人の暮らし、映画館、子供の遊びなど、私の子供の頃の記憶と深く重なる。
二人の母校であった西町小学校は、いまや影も形もなくなってしまった。
池波さんと二人で一度だけ小学校を訪れた日のことを、今でも鮮明に思い出す。 砂場で遊んでいた小学生と話をしている池波さんが、実に楽しそうだった。

(熊切圭介)

白黒写真約30点で構成いたします。

熊切圭介展写真1 熊切圭介展写真2 熊切圭介展写真3 熊切圭介展写真4

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熊切圭介(くまきりけいすけ)プロフィール
  • 1934年 東京下谷西町に生まれる
  • 1958年 日本大学芸術学部写真学科卒業
  • その後、フリーランスの写真家として主にジャーナリズムの世界で写真活動を行う。
  • 人間と人間が作り出す社会を主たるテーマとする。
  • 第2回講談社写真賞受賞
  • 日本写真家協会副会長・全日本写真連盟理事・日本写真著作権協会理事
  • <主な個展>
  • 「風光万里」「スペイン鉄の栄光」「風の鳥カオハガン物語」「揺れ動いた60年代」「運河」「ニューヨークの橋」
  • <主な出版>
  • 「手漉和紙精髄」「池波正太郎のリズム」「南島からの手紙」「繁栄と変革-60年代の光と影」「運河」
  • <作家ホームページ> http://k2-labo.com/

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